親の学歴や年収が、教育格差を生むという話を、読んだり聞いたりした人は多いと思います。本書は、豊富なデータをもとにして、様々な角度から日本の教育格差をあぶり出していきます。
親が大卒か否かという、「生まれた」時点から、教育格差は始まっている。そう一言で片づけられてしまえば、身も蓋もありませんが、豊富なデータと未来に向けた提言は、一読する価値のある内容です。
◆ えー、こんなにいろんなデータがあるのか!?
本書で使用されているデータは、「2015SSM」という、2015年時点で、20歳から79歳までの日本全国の住民を母集団とした無作為抽出による大規模調査です。
SSM…社会階層と社会移動に関する全国調査
ここまで詳細なデータがあるとは、知りませんでした。
年収や学歴が、教育格差につながるという話は聞いたことがありましたが、本書では、様々な指標で日本の教育格差の実態を提示していきます。
- 親の最終学歴
- 出身地域による学歴格差
- 習い事の開始時期・経験数
これらは、なんとなく予想はつきます。
しかし、本書で示されているのは、これだけではありません。
- 所有物数と大卒割合
- メディア(テレビ・ゲーム)時間の抑制
- 家庭の平均蔵書数
- 保育所利用率
- 学校への関与
- 時間の使い方の規範の違い
- 学習努力・・・
所有物は、乗用車、クーラー、エアコン、カメラ、電子レンジ、学習机、ピアノ等の19項目があるそうです。
このような様々なデータと、親の学歴との関連です。
そして、入学前、小学校、中学校、高校、大学のそれぞれのステージで、どのような教育格差があるのか。
驚きました。
「まぁ読む必要はないかな」と思った方は、こちらのクイズをやってみて下さい。
【質問3】家庭の文化背景(蔵書数)による学力格差は、小学6年から中学3年までのあいだ学年が上がるにつれて……
拡大する
変わらない
縮小する
【質問5】相対的貧困にある子供の数は1980年代と比べると2010年代に大きく……
増えた
変わっていない
減った
【質問6】授業以外でまったく学習をしない15歳(日本の高校1年生相当)の割合が最も高い国は……
アメリカ合衆国
フィンランド
日本
これらのクイズは、「はじめに」に掲載されています。
全部で7問ありますが、そのうちの3問です。
自信をもって答えられない教育関係者は、是非、本書を読むことをお勧めします。
◆ 「ふつう」は、人それぞれ、生活環境によって違う。
興味深かった資料のひとつが、「自分の育った家庭の経済状態はふつうだったか?」という、経済状態を意味する項目と学歴との関連です。
「非「豊か」」なくらしむきだったという自己評価であっても大卒群は(本人が意識しているか否かは別にして)平均的に高い階層の出身という傾向が、どの年齢層についてもいえる。
「あなたの子供時代のくらしむきはどうでしたか?」
大会社の社長に聞いても、道端で出会ったサラリーマンに尋ねても、「ふつうでした」と返事が返ってくる割合は高いような気がします。
その「ふつう」は、自分の経験した生活と同じものであると想像してしまいがちです。
けど、当然ながらそれは間違いです。
家庭によって、そのくらしむきは全く違うのに、なんとなく同じだと誤認識してしまうのは、日本の社会が、貧富の差や人種による不公平さが見えにくいことと関連しています。
自分のもっている「ふつう」の感覚を、俯瞰的な視点でとらえることが大切だと感じました。
そして、他人が言っている「ふつう」に、振り回されないようにしなければいけません。
◆ 教職課程で「教育格差」を必修に
著者は、本書の最後にいくつかの提言をしています。
そのうちの一つが、教職課程での「教育格差」の必修化です。
世界的な学力調査には、TIMSSやPISAがあります。
しかし、問題難易度が年度間で比較可能ではないので、平均点が上下しても「学力が変わった」とはいえません。
前項の数値だけを見ると、義務教育を終えた段階の日本の子供たちは、教育行政だけでなく社会全体の「答え合わせ」として卓越した結果を示している。しかし、SESによる学力格差という観点で国際比較調査を見ると、日本はとても凡庸な教育格差社会だ。
国際調査の結果によれば、日本は極めて優秀で、能力が高い。
そして、メディアには、あまり取り上げられませんが、教育格差もしっかりとあるのです。
アメリカに比べたら目に見えづらいだけで日本にも「生まれ」による教育格差が存在する(第1~6章)以上、教職課程で扱わないのは制度的欠陥である。
たしかに、日本は、身分、階層、地域や人種による不公平性が見えづらい国です。
学校教育で、教育格差を感じた人は少ないと思います。
そして、教育格差の知識がないまま、多くの人が教師になっているのです。
なぜ自分が育ってきた「常識」と合致しない言動をする層がいるのか、その背景を理解することは日々の教育実践で役立つはずだ。たとえば、低SES層の児童・生徒や親がどんな困難を抱えているのかわかれば、不要な反目を避けることができるし、低い学力や学習意欲に引っ張られて低い期待(第5章)を持ってしまうことを回避できる。
自らの国の文化を「ふつう」と認識し、自分のくらしむきを「ふつう」と認識してしまう。
この状況を、大きな視点で、俯瞰してみる力が教師には必要です。
そして、これは、教師だけでなく、現代を生きる人たちにとっても、とても大切な知識ではないかと思いました。
教育は誰もが何らかの実体験を持っているので自説を持ちやすい。どんな見解であったとしても白黒をつけることは難しく、「そういう教育(手法)が適した(適していない)子もいる」とか「そういう状況もあるかもしれない」あたりで落ち着くことになる。
このような状況を脱し、よりよい未来を築いていくためには何をすればいいのか?
大いに考えさせられる本でした。
◆ トリガーワード&フレーズ
終わらない教育格差、目に見えにくい格差、習い事の開始時期、目指す教育ゴールの違い、親の最終学歴、所有物数と大卒割合、出身地域による学歴格差、教育熱、教育意識、「ふつう」の基準、食事、絵本、テレビとの関わり方、保育所利用率、習い事の開始時期、メディア(テレビ・ゲーム)時間の抑制、相続される文化資本、家庭の平均蔵書数、父母と子の年間読書量、学習努力、学習時間数、メディア消費時間、習い事の経験数(学習塾以外)、学校関与
- 題名 教育格差―階層・地域・学歴
- 著者 松岡亮二
- 発行年 2019年
- 出版社 ちくま新書
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