幡野広志『ぼくが子どものころ、ほしかった親になる。』を読みました/生と死/カメラと鉄砲

幡野広志は、カメラマン。

あたたかで、こころにじんわりとしみる文章です。

生と死

数年前、狩猟中に山で遭難しかけたこともある。
経験と知識と体力と、何もかもが不足していたのが原因だった。(略)
下山途中に鹿がいたので撃った。若いオスだった。肉を持ち帰る余裕なんてなかったのに、僕は獲った.お腹をあけてレバーと心臓と背中のロースだけを剥ぎ取り、血を手ですくって恐る恐る飲んでみると、驚くほどおいしかった。それで折れかけた心が復活して、僕は無事下山できたのだ。

 

人は皆、命によって生かされている。

命あるものによって、命ををつないでいる。

普段の生活では忘れてしまっていることを、この文章で思い出させてくれた。

自分で動物を殺すことはない、けど、今日も、生き物の肉を食べた。

人の営みと言うのは、生と死の間の、ぎりぎりのところを歩いているのかもしれない。

幡野広志は、生と死の狭間を、文章に綴り、写真を撮る。

ぼくが子どものころ、表紙

日本を撮る

たとえば僕が誰かの写真を撮ろうとしたら、多少なりとも相手を緊張させてしまう。被写体と僕の間に、カメラという異物が挟まってしまうのだ。
ところがその写真は、まるで透明なカメラで撮られたような、肉眼でその人を見ているような、なまなましくて不思議な写真だった。
それは世界的にも著名なインド人写真家、ラグ・ライの作品集だった。彼の作品を見て、僕は「日本を撮ろう」と思った。

 

今は、誰でもきれいな写真を撮れる時代になった。

国内でも、海外でも、有名な観光地では、スマホを手に持った人たちであふれている。

海外へ行けば、きっと素晴らしい写真が撮れるに違いないと、浅はかな自分は考えていた。

しかし、幡野広志は、海外に出て、「日本を撮ろうと思った」と言う。

自分の目で、日本を撮る。

それが、一人の人間として、自信をもって、ライフワークといえるものを見つけた瞬間なんだと思う。

優しさと自信

息子には、「言葉で伝える人になってほしい」と教えるのと同時に、「いくら伝えてもすべては理解してもらえない」ということも知っておいてほしい。
誰よりも自分を理解できるのは自分以外になく、答えは自分で出すしかない。
自分を救えるのは、自分自身。

 

言いたいこともあれば、言いたくないこともある。

言いたいことをそのまま言っていいかどうか、考える時もある。

言いたくないことを避けていると、言いたいことまで言えなくなってしまうこともある。

言葉は、言っても言わなくても、最終的には自分に返ってくる。

相手を思いやる優しさと自分を信じること。

この二つを、しっかりと自分の心に育んでいくことが、大切だと気づかされた。

幡野広志の写真には、優しさが溢れている。

幡野広志の写真には、幸せが溢れている。

トリガーワード

優しさ/痛み/ガン患者/治療/イライラ/失敗させる/命をつなぐ/自己肯定感/悪知恵/共感力/一人旅/面白さ/ライスワーク/ライフワーク/狩猟/高揚/幸せの価値観

幡野略歴

  • 題名 ぼくが子どものころ、ほしかった親になる。
  • 著者 幡野広志
  • 発行年 2018年
  • 出版社 PHP

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